偏差値との正しい付き合い方

偏差値との正しい付き合い方

大学の偏差値は下は30台から上は70台まで幅広いです。

一言で偏差値と言ってもそれは予備校や塾などによって変化しますが、同じ大学を他のデータと比較するよりはひとつのデータ内で大学同士のレベルを比較する方が正しい見方だと思います。

30台は最近よく耳にする「Fランク」と呼ばれる大学が多いです。Fはフリーの略でボーダーフリーということです。合格と不合格のラインがないため、極端にいえば誰でも入学できるという意味です。しかし、簡単にこの単語を使うのは気をつけなければなりません。偏差値が低い=Fランクという偏見が最近多く見られるようになったからです。簡単に言うと悪意を込めて言う時に利用されたり、低倍率の代わりに使われることもあるようです。

定員割れをしていても倍率がある大学、Fランクでも評価がしっかりしている大学は実際あります。そこを見逃さないようにしなくてはなりません。

受験生で偏差値が限りなく低い生徒を2教科(英語・化学)教えた場合、個人の経験ですが1年間効率の良い勉強をしたとして、最終的に到達した偏差値は50前後でした。生徒の性格にもよるので、これ以上のこともあれば以下のこともあり得ますが、中堅大学を受けるのに十分な学力をつけるには1年で間に合うこともわかりました。

偏差値はその大学で学問をするのに耐えうるかという、基準の数字だと言っても過言ではありません。

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競争ばかりに気を取られずに、今の勉強が今後の学問の下地になるのだということを忘れず勉強を頑張ってほしいものです。

全入時代でも全力を尽くそう。上を目指そう

大学受験は受験方法の多様化が進んでいることと、受験人口が減っている一方で設に大学や学部が増えるなどして受験人口以上の受け口があり大学進学希望者が悪く言えば大学をえらばなければ全入学可能になっていると言われて久しいです。現在難関大学を含めまず一般入試とは異なる推薦入試などで多くの高校生が毎年2月の受験を前に進学を決めています。一部の難関大学を除けばこの推薦制度、事実上多くの大学の側からすれば一般入試の募集人数が明治大学等を除けば年々減っている高校生を早期に囲い込む役目があります。

第2にAO入試ですが、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で1990年に実施が始まり、現在でもSFCの定員の約2割がAO入試で一般入試前に入学を決めています。AO入試に関しては中止する大学も出てきていますが、それは表面だけSFCの真似をしても能力のある高校生を集められなかったことが結果として分かったためです。SFCのAO入試には明確な能力証明の基準があり、この基準を満たせる高校生がまず少ないです。

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実質の倍率は5倍程度でAOだから簡単という見方は間違っています。

私立大学に限れば、早稲田・慶應義塾・上智、青山・立教・学習院・明治・中央・法政・関関同立の順位は20年前と比べてもほぼ不動です。私は編入という制度をつかって2つの大学を体験しているので上位大学と中堅大学の質の差は嫌という程実感しました。先生のレベルもそうですが頑張ってそのレベルの大学に入ったケースと、なんとなく決まってしまった学生との温度差は学習面でも明らかに差があります。残念ながら学習環境、友人関係は上位校にはかないません。上を目指しましょう。こんなレベルでいいや、の大学受験では一生後悔することになります。

予備校2年目秋編

予備校に通って2年目の夏は、1学期に学んだことの総復習に努めました。夏休みの後半にクラス分けテストが控えていました。予備校2年目としては今のクラスから落ちることは絶対に避けたく、夏期講習を受けたい希望を頂きつつも基礎シリーズの徹底復習をすることに徹しました。覚えたつもりでも講義中に配布されるプリント類も膨大で、英語はともかく世界史の莫大な暗記量が応えてくる時期でもありました。

クラス分けテストを受けて見ると自分では手ごたえはあったのですが、クラスは1つランクが落ちてしまいました。テキストと先生は幸い変わらないもののものすごいショックでした。

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前期に友達になった大半はクラスに残り自分を含め数名がクラス落ちになりました。前期夏休みを全力で戦ってこの状況にカツを入れねばと後期も当初から勉強に打ち込みました。英語の力は安定してきたのですが、相当力を入れている世界史と現代文にムラがあり、チューターにもこの現代文はともかく世界史に関して今より更に相当努力しないと志望大学の合格は厳しいと言われました。こうなるともうやけくそになり徹底的に世界史を勉強しました。当時の世界史の講師はサラリと「日本史も世界史の一部ですから」と言われ、世界史は知ることは大変面白いが、社会の科目は受験としては本当に失敗したかもしれない、と思っても既に時遅しでした。後期最後の模試で世界史では山川の用語集にも出てないような難問奇問が続出、予備校2年目の最悪の点数になってしまいました。

全く勉強しなかった大学受験

大学受験に向けて高校三年生の時には勉強に打ち込むのが普通なのかと思いますが、私自身は1つ目の大学を受験するまで全く勉強していませんでした。

その大きな理由は大好きだったクラブ活動に未練があったためです。途中で大きな怪我をしてしまい、半年程度ではありますがクラブ活動を休んだ時期があったためです。その半年と言うのが通常の引退試合と言われる時期だったのです。

引退試合の際にベンチにすら登録されなかったこともあり、無理を言ってクラブ活動を続けさせてもらったのです。

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そのおかげで未練を残したまま卒業することはありませんでしたが、1つ目の大学受験は散々なものとなりました。

自分自身でそうなることは予想できていたとは言え、予想をはるかに上回るほど問題が解けなかった事が今でも思い出されます。問題の意味すら解らないものもいくつかありました。

大学の受験日がわかってから、大学の受験場所を知ったのが3日前、通学方法を知ったのが前日だったのですから無理もありません。

その後3つの大学を受ける予定だったのですが、うち1つは受験することをやめておきました。時間の無駄だと感じたためです。

そこからは必死に勉強をしました。解らない事だらけだったのですが、自分が自信を持って答えることのできる部分の的中率を上げていき、そこから広がる問題にも対応できるように範囲を広げていく勉強法です。

時間が足りないのは重々承知の上でしたが、残り2つの大学には無事合格することができました。もちろん2つの大学共に問題の意味すら解らないものもありましたが、何の不安も感じませんでした。解ける問題を自信を持って解くことができ、自己採点で十分合格ラインに届いていたためです。

私の勉強方法が正しいとは言いませんが、解ける問題を逃さないのは大学受験において必須だと考えています。


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